2025-06

江戸時代

真田信之の墓(大鋒寺):長野市

概 要 関ケ原で西軍についた父昌幸・弟信繁と分かれて東軍信之は、1616年上田藩(含沼田藩3万石)9万石、1622年松代藩13万石(含沼田藩)の藩主となり、松代藩真田家は廃藩置県まで10代250年にわたり存続しました。 松代には藩祖真田信之...
鎌倉・室町・安土桃山時代

軍配師・山本勘助の墓(信州柴阿弥陀堂跡):長野市

江戸時代はじめ頃に出版されたと思われる『甲陽軍鑑』と、その影響を受けた講談や読本以外に山本勘助の名が登場せず、実在性に疑問があった山本勘助ですが、1969年のNHK大河ドラマ「天と地と」を観ていた主婦が「家に同じような文書がある」と釧路市立...
江戸時代

小松姫の墓(真田信之室):長野県上田市・長野市、群馬県沼田市、埼玉県鴻巣市

概 要 上田・沼田藩主真田信之の正室小松姫(大連院殿)は1620年(元和6年)江戸屋敷から草津温泉(群馬県)に湯治池療養へ向かう途中鴻巣(埼玉県)で亡くなりました。鴻巣正願寺で荼毘に付され、遺骨は分骨され正願寺、沼田正覚寺、上田常福寺(現芳...
江戸時代

福島正則霊廟(岩松院)・荼毘之地、嫡男忠勝の墓(大乗寺):長野県小布施町・高山村・須坂市

概 要 豊臣政権きっての武闘派大名は小山評定・関が原戦いの功績で徳川政権において広島藩50万石の太守となり、民生面でも善政を敷きました。しかし、幕府の許可がおりる前に広島城修善をした事が武家諸法度に反するとされ、信州高井野藩4万5000石に...