2024-12

平安時代まで

金井沢碑・古代の家族関係や信仰が分かる(上野三碑・国特別史跡):群馬県高崎市

概 要 山上碑・多胡碑と並び上野三古である金井沢碑からは、三家(みやけ)氏を名乗る一族の古代の家族関係(子供は父方の氏を名乗り、母親と共に母親方の家族と暮らす)・8世紀前半に定められた郷里制の実態が読み取れます。また、山上碑と共に仏教の広ま...
群馬県

丁間稲荷神社の笠薬師塔婆(神社に仏塔):前橋市問屋町

概 要 死穢を嫌う神社に稀に仏塔がある場合があります。それは以下の①~⑤のいずれかと考えられます。① 神格化された個人の墓が祀られている(徳川家康の東照宮、菅原道真の大宰府天満宮)② 神仏習合時代、別当寺にあったものが神社境内に残った(近戸...
平安時代まで

多胡碑・多胡郡建郡の記念碑(上野三碑・国特別史跡):群馬県高崎市

概 要 710年(和銅3年)平城京遷都を行う直前、国家の基本法である大宝律令(701年・大宝元年)による政治の確立が図られます。 その律令制度強化のため当時全国的に地方行政機構の再編成が行われました。多胡碑(711年・和銅4年)は国郡里制施...
平安時代まで

不入の蔵骨器:群馬県前橋市

概 要 前橋市富士見町のはずれにある不入の凝灰岩製蔵骨器2基。元々は隣接する五輪平の開墾時に出土したものが、不入(ふにゅう)地区に移転されています。 骨蔵器は火葬骨を埋納するためのもので焼き物(土器・土師器・須恵器・陶器・磁器)が一般的です...
群馬県

松谷の両墓制(十王堂の参り墓):群馬県東吾妻町

概 要 土葬の時代、福島県から山口県にかけて、加えて九州地方の一部で太平洋側、瀬戸内海側を中心に両墓制という墓制が存在していました。両墓制とは死者を埋葬する墓と供養する墓を持つ墓制の事です。 群馬県では嬬恋村田代・今井、長野原町横壁・林・河...