2024-07

群馬県

女性6人の名が彫られた文明の石幢(同聚院):群馬伊勢崎市

概 要 文明の石幢12年(1480年:同聚院)は龕部に六地蔵・施主と思われる女性6人の名前が彫られています。追善供養・逆修供養いずれかは不明ですが、戦乱の時代に極楽御往生を願って建てたものと思われます。嫡子・庶子間で最も優れた者1人が単独相...
江戸時代

吉利支丹墓碑(国史跡):長崎県南島原市

概 要 キリシタン大名有馬晴信(1567~1612年)が統治した時代のキリシタン墓で、その後の弾圧・禁教時代は地中に安置され、現在地の地下から1929年(昭和4年)に発見され、1959年(昭和34年)国指定史跡になりました。※ この墓碑は隠...
佐賀県

吉野ケ里遺跡の外土塁・内壕に関する仮説:佐賀県吉野ケ里町

概 要 約700年間続いた弥生時代のすべてに渡り吉野ケ里遺跡で生活が営まれていましたが、吉野ケ里遺跡は弥生時代後期後半(紀元3世紀頃)を復元整備対象時期としています。この時期は40haを超す国内最大規模の環壕集落へと発展し、周辺の集落を従え...
江戸時代

庶民にも官位・岸豊後守積保の墓:群馬県渋川市

概 要 群馬県渋川市に渋川市指定史跡 岸豊後守積保の墓 と標示された墓があります。解説を読むと群馬県内では有力な宮大工の棟梁だったようです。 江戸時代の武家・公家・その他(神官など)の官位がありました。武家官位は幕府が奏上し、神官の場合は吉...
平安時代まで

山王廃寺跡(国史跡)・石造物と歴史:群馬県前橋市

概 要 1921年塔芯礎が発見され、山王廃寺跡と名付けられました。その後の発掘調査から古墳から仏教へ変わる時代の東日本最古級の本格的仏教寺院であり国分寺・国分尼寺より先に建てられた寺院である事、隣接の総社古墳群の主上毛野氏が作ったのではない...