2024-05

江戸時代

潜龍院・院主家の墓:群馬県東吾妻町

概 要 岩櫃城主真田昌幸が武田勝頼を迎え入れるために築いたとされる古谷(こや)館。その館は岩櫃城廃城後、祢津潜龍斉がもらい受けて江戸時代を通じて修験寺潜龍院として存在しました。その潜龍院院主家の墓です。 潜龍院は明治の修験禁止令(1872年...
江戸時代

薩摩藩主島津家墓所と神仏分離(国史跡・福昌寺跡):鹿児島市

概 略 1868年(慶応4年)神仏分離令(神仏判然令)により神社と仏教寺院は分離される事になりました。あくまで分離のみを目指したものですが、それを主導した新明治政府内で力を持った薩摩藩では徹底的な寺院排除が行われ、幕末に1,066あった寺院...
群馬県

須弥壇型宝篋印塔・三原田の宝篋印塔群(興禅寺):群馬県渋川市

概要 三原田城址に立つ興禅寺の墓地に開拓豪族三原田氏(永井家)の12基の中世宝篋印塔群(市指定文化財)があります。その内の1基は埼玉県北部から群馬県のみに分布する須弥壇型宝篋印塔であり、歴史的には上野・武蔵国守護代白井長尾氏の須弥壇型宝塔群...
江戸時代

まいバ志・於ほご(文字遣いが奔放すぎる松原の道しるべ):群馬県渋川市

概 略 江戸時代後期に建てられた白井宿の松原の道しるべ(市指定文化材)。行き先を平仮名・片仮名・漢字混じり、平仮名・変体仮名交じりで表したりと、表記の基準が現代人には理解できない・奇異だなと感じる表記になっていました。道しるべの性質上、万人...
群馬県

白井長尾氏歴代墓所・須弥壇型宝塔群(空恵寺):群馬県渋川市

概 略 室町時代関東管領山内上杉氏の家宰・守護代白井長尾氏が群馬県で勢力を誇っていました。その白井長尾氏歴代の墓(市指定文化財)が空恵寺にあります。 白井長尾氏の宝塔群は群馬県・埼玉県北部のみに見られるもので、基礎と塔身の間に須弥壇型が挟ま...
大分県

満月寺五重塔:大分県臼杵市

概要 臼杵摩崖仏守護寺満月寺境内にある五重塔は亡父母と先師尊善・隆尊の供養塔として阿闍梨流尊が造立しました。鎌倉時代後期造立。五重塔(市指定文化財) 阿蘇溶結凝灰岩でできた五重塔です。 相輪は昭和の発掘調査で見つかったものを取り付けています...
大分県

日吉塔・深田の宝篋印塔(彩色された塔身部に蔵経洞を持つ:国重文・特別史跡):大分県臼杵市

概 要 国宝臼杵石仏守護寺満月(まんがつ)寺の宝篋印塔です。記銘年はありませんが鎌倉時代末期に造立されたと考えられています。彩色された塔身部に蔵経洞を持つ日本一の高さの宝篋印塔です。日吉塔の特徴 中国の八万四千塔を原型とし、日本に伝来した塔...
大分県

木原石仏(特別史跡:満月寺の阿吽石像):大分県臼杵市

概 略 国宝臼杵摩崖仏守護寺満月寺に立つ木原石仏。通常山門には木彫の阿吽の金剛力士像が納められていますが、満月寺では露天の石仏が守っています。鎌倉時代後期から室町時代前期の作と伝わる特別史跡です。満月(まんがつ)寺解説板より抜粋 平安時代末...
大分県

中尾五輪塔2基(国重文・特別史跡:最古級平安時代造立):大分県臼杵市

概 要 インドや中国、朝鮮に類似の造形物は現存しないことから五輪塔は日本独自のものと考えられ、墓・供養塔として平安時代後期頃から造立されるようになりました。紀年銘のある石造五輪塔の最古は中尊寺釈尊院のもので1169年(仁安4年)、本稿の嘉応...
大分県

臼杵摩崖仏(国宝):大分県臼杵市

由来1(昔話) 昔々深田という所に真名野長者というお大尽さんがおりました。長者には般若姫という美しい姫がおりました。その姫の噂は都にまで届き、時の皇子(後の用明天皇)に輿入れすることになりました。姫は都へ上るため、船で瀬戸内海を進んでいたと...