長野県

平安時代まで

湯田中温泉の守護仏・平穏弥勒石仏:長野県山ノ内町

概 要 平穏弥勒石仏(ひらおみろくせきぶつ)は、山ノ内町平穏(湯田中温泉)に位置する、平安時代後期大治5年(1130年)の紀年銘を持つ信州最古の石仏で、古くから疫病よけや火難・地震を鎮める神、そして湯田中温泉とかつてこの地に営まれていた朝廷...
鎌倉・室町・安土桃山時代

常楽寺石造多宝塔(国重文):長野県上田市

概 要 別所温泉(上田市)の常楽寺北向観音本坊(825年創建)の最も神聖な場所、北向観音がこの世に現れたと言われている場所に建っていた木造多宝塔が焼失してしまったため、阿梨頼真によって鎌倉時代の1262(弘長2)年に建立された石造多宝塔です...
鎌倉・室町・安土桃山時代

舞田の石造金王五輪塔:長野県上田市

概 要 紀年銘は有りませんが鎌倉時代造立と推定される、長野県最古の五輪塔です。古い事・完形品である事から県指定文化財になっています。石造金王五輪塔(舞田五輪塔) 高さ2.12mで凝灰岩製。凝灰岩製・水輪の重量感・軒反りの無い火輪(笠)などか...
江戸時代

松代藩主真田家墓所・真田信之霊屋(長國寺):長野市

概 要 松代藩主真田家の菩提寺・長國寺(長野市)に藩祖・真田信之から10代の墓、信之・3代幸道・4代信弘の霊屋があります。信之の墓からは人望、父昌幸や弟信繁への家族愛、次男で2代藩主信政との断絶など、藩財政窮乏につき4代藩主で途絶えた霊屋建...
江戸時代

真田信之の墓(大鋒寺):長野市

概 要 関ケ原で西軍についた父昌幸・弟信繁と分かれて東軍信之は、1616年上田藩(含沼田藩3万石)9万石、1622年松代藩13万石(含沼田藩)の藩主となり、松代藩真田家は廃藩置県まで10代250年にわたり存続しました。 松代には藩祖真田信之...
鎌倉・室町・安土桃山時代

軍配師・山本勘助の墓(信州柴阿弥陀堂跡):長野市

江戸時代はじめ頃に出版されたと思われる『甲陽軍鑑』と、その影響を受けた講談や読本以外に山本勘助の名が登場せず、実在性に疑問があった山本勘助ですが、1969年のNHK大河ドラマ「天と地と」を観ていた主婦が「家に同じような文書がある」と釧路市立...
江戸時代

小松姫の墓(真田信之室):長野県上田市・長野市、群馬県沼田市、埼玉県鴻巣市

概 要 上田・沼田藩主真田信之の正室小松姫(大連院殿)は1620年(元和6年)江戸屋敷から草津温泉(群馬県)に湯治池療養へ向かう途中鴻巣(埼玉県)で亡くなりました。鴻巣正願寺で荼毘に付され、遺骨は分骨され正願寺、沼田正覚寺、上田常福寺(現芳...
江戸時代

福島正則霊廟(岩松院)・荼毘之地、嫡男忠勝の墓(大乗寺):長野県小布施町・高山村・須坂市

概 要 豊臣政権きっての武闘派大名は小山評定・関が原戦いの功績で徳川政権において広島藩50万石の太守となり、民生面でも善政を敷きました。しかし、幕府の許可がおりる前に広島城修善をした事が武家諸法度に反するとされ、信州高井野藩4万5000石に...
鎌倉・室町・安土桃山時代

新海三社神社の三重塔と宝塔(神社に仏塔):長野県佐久市

概 要 死穢を嫌う神社に稀に仏塔がある場合があります。それは以下の①~⑤のいずれかと考えられます。① 神格化された個人の墓が祀られている(徳川家康の東照宮、菅原道真の大宰府天満宮)② 神仏習合時代、別当寺にあったものが神社境内に残った(近戸...
江戸時代

初代小諸藩主仙石秀久の墓:長野県小諸市・上田市

概 略 豊臣秀吉の家臣としてとんとん拍子で10万石の大名まで出世した仙石秀久は、直後の九州征伐で失脚し改易されるも、志願して参戦した小田原征伐で戦功を挙げ5万石小諸藩主として復活しました。 3カ所ある秀久の墓(小諸市・鴻巣市・上田市)を紹介...