神奈川県

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徳治三年銘宝篋印塔(安養院・国重文):神奈川県鎌倉市

概 要 徳治三(1308)年銘がある安養院の宝篋印塔(国指定重要文化財)は鎌倉市最古で二重基礎で2窓の格狭間を持つ関東型宝篋印塔成立初期のものです。 善導寺(浄土宗:廃寺)のあった場所に長楽寺(真言律宗:廃寺)が合寺され安養院(浄土宗)とな...
神奈川県

北条政子供養塔(寿福寺・安養院):神奈川県鎌倉市

概 要 北条政子の供養塔が鎌倉市の寿福寺と安養寺にあります。元々政子の墓は勝長寿寺にあったと思われますが、廃寺前後に福寿寺・安養院に供養塔が建てられたと考えられています。 寿福寺供養塔は鎌倉末期から南北朝時代の造立とされる五輪塔で、丘陵を削...
江戸時代

鶴岡八幡宮初代宮司筥崎博尹の墓(寿福寺):神奈川県鎌倉市

概 要 鶴岡八幡宮は明治維新に伴う神仏分離令により別当や俱僧の支配(鶴岡八幡宮寺)から脱却しました。 その時俱僧の中から僧籍を捨てた筥崎博尹(はこざき ひろただ)が初代宮司に就任し、寺領を失い困窮する鶴岡八幡宮の立て直しに尽力しました。 神...
江戸時代

鶴岡八幡宮大伴神主家の墓(浄光明寺):神奈川県鎌倉市

概 要 神仏習合の時代、神職であっても墓は仏式が当たり前でした(鵜戸神宮宮司の墓、諏訪大社上社大祝諏訪家の墓参照)。 源頼朝が鶴岡八幡宮を創建して以来明治のはじめまで、代々神主を勤めた大伴神主家の墓が浄光明寺のやぐらにあります。大伴神主家の...
神奈川県

仏塔に鳥居? 別願寺宝塔(伝足利持氏供養塔):神奈川県鎌倉市

概 要 神仏習合時代の神官墓は仏式で営まれました。江戸時代末期に神官の離壇運動が活発化し、吉田神社の免状を持つ神官と嫡男のみ神葬祭が許されるようになりますが、神仏分離令(1868年・明治元年)後に神葬祭は行われるようになった(参考④)と理解...