鹿児島県

江戸時代

薩摩藩主島津家墓所と神仏分離(国史跡・福昌寺跡):鹿児島市

概 略 1868年(慶応4年)神仏分離令(神仏判然令)により神社と仏教寺院は分離される事になりました。あくまで分離のみを目指したものですが、それを主導した新明治政府内で力を持った薩摩藩では徹底的な寺院排除が行われ、幕末に1,066あった寺院...
平安時代まで

隼人塚(国史跡):鹿児島県霧島市

従来の説:大和朝廷に反抗し殺された隼人の霊を供養するために建てられた。現在の説:造立年代的に隼人霊の供養塔ではなさそう。 霧島市隼人町内山田字山跡の標高15m程の平たん地にある隼人塚は南東を正面に3基の層塔を四天王が守護する形で立っています...
明治時代以降

配流された隠れキリシタンの墓(福昌寺跡):鹿児島市

概 略 キリシタン最後の弾圧となった浦上四番崩れ(1867年、慶應3年)・・・長崎県浦上村で隠れキリシタンの存在が発覚し、伝道師高木仙右衛門を始め浦上村の一村全員が総流罪となる事件で、3400人とも4000人とも言われるキリシタンが大和郡山...