鎌倉・室町・安土桃山時代

鎌倉・室町・安土桃山時代

常楽寺石造多宝塔(国重文):長野県上田市

概 要 別所温泉(上田市)の常楽寺北向観音本坊(825年創建)の最も神聖な場所、北向観音がこの世に現れたと言われている場所に建っていた木造多宝塔が焼失してしまったため、阿梨頼真によって鎌倉時代の1262(弘長2)年に建立された石造多宝塔です...
鎌倉・室町・安土桃山時代

井伊家墓所・井伊直孝の墓(国史跡・豪徳寺):東京都世田谷区

概 要 大名家の墓所は以下のようなバラエティがあります。① 江戸時を通して移封されず、同一藩主家の墓が建てられ続ける(会津若松藩主松平家など)。② 国元で亡くなった藩主は国元菩提寺、江戸で亡くなった藩主は江戸菩提寺に作る(彦根藩主井伊家など...
神奈川県

徳治三年銘宝篋印塔(安養院・国重文):神奈川県鎌倉市

概 要 徳治三(1308)年銘がある安養院の宝篋印塔(国指定重要文化財)は鎌倉市最古で二重基礎で2窓の格狭間を持つ関東型宝篋印塔成立初期のものです。 善導寺(浄土宗:廃寺)のあった場所に長楽寺(真言律宗:廃寺)が合寺され安養院(浄土宗)とな...
神奈川県

北条政子供養塔(寿福寺・安養院):神奈川県鎌倉市

概 要 北条政子の供養塔が鎌倉市の寿福寺と安養寺にあります。元々政子の墓は勝長寿寺にあったと思われますが、廃寺前後に福寿寺・安養院に供養塔が建てられたと考えられています。 寿福寺供養塔は鎌倉末期から南北朝時代の造立とされる五輪塔で、丘陵を削...
神奈川県

仏塔に鳥居? 別願寺宝塔(伝足利持氏供養塔):神奈川県鎌倉市

概 要 神仏習合時代の神官墓は仏式で営まれました。江戸時代末期に神官の離壇運動が活発化し、吉田神社の免状を持つ神官と嫡男のみ神葬祭が許されるようになりますが、神仏分離令(1868年・明治元年)後に神葬祭は行われるようになった(参考④)と理解...
福島県

天台浄土教の浄土観を表す石造笠塔婆・板石塔婆(如宝寺・国重文):福島県郡山市

概 要 鎌倉時代初頭承元二(1208)年銘を持つ日本最古級の石造笠塔婆に半陽刻された阿弥陀如来坐像は天台浄土教の教えを反映し、それまで一般的だった木製の塔婆から未来永劫残る石造になった点で画期的なものです(国重文)。 建治二(1276)年銘...
群馬県

AI検索により碑文を推測・大福寺宝塔:群馬県前橋市

概 要 應永25年に造立された大福寺宝塔に彫られた碑文は、調べ得る限り二通りに報告されて(歴史考古学1987年、前橋市史1971年)、いずれも欠字を含んでいます。 石造物の碑文は仏典由来がほとんどですから、GoogleのAIモード検索により...
群馬県

群馬県最古・松岸寺五輪塔:安中市

概 要 一基はほぼ完形で、もう一基は風空輪が欠落していますが、共に承応六年銘を持つ五輪塔(県指定文化財)で、鎌倉時代前期の有力御家人佐々木盛綱夫妻の墓との言い伝えがあります。五輪塔 完形の五輪塔は高さ約150cm、凝灰岩製です。 空・風・火...
福島県

板石供養塔婆(安養寺板碑:宝光寺):福島県郡山市

概 要 板碑は鎌倉幕府の成立と共に全国に伝わり、その地で産出する石材を用いて造立されました。関東では緑泥片岩による板碑(武蔵型板碑・関東型板碑)が主流ですが、川原石をそのまま使った板碑(自然石板碑)、畿内型・阿波型・九州型など全国的に変化が...
群馬県

文安の薬師(延命寺):群馬県渋川市

概 要 延命寺にある文安2年(1445年。室町幕府8代将軍足利義政の時代)に造立された薬師石堂(市指定文化財)から現世での苦しみや病を癒し、長寿や安産など現世利益を望む薬師信仰が当時この地区で盛んだった事が分かります。文安の薬師(参考①)(...