平安時代まで

平安時代まで

湯田中温泉の守護仏・平穏弥勒石仏:長野県山ノ内町

概 要 平穏弥勒石仏(ひらおみろくせきぶつ)は、山ノ内町平穏(湯田中温泉)に位置する、平安時代後期大治5年(1130年)の紀年銘を持つ信州最古の石仏で、古くから疫病よけや火難・地震を鎮める神、そして湯田中温泉とかつてこの地に営まれていた朝廷...
平安時代まで

那須国造碑(国宝・笠石神社):栃木県大田原市

概 要 那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ)は那須国造だった那須直韋提(なすのあたいいで)が後に那須郡の評督(こおりのかみ・ひょうとく:大宝律令後は郡司)に任命され大和の国の組織にしっかり組み込まれた栄誉、700(文武4)年に亡くなった事...
平安時代まで

金井沢碑・古代の家族関係や信仰が分かる(上野三碑・国特別史跡):群馬県高崎市

概 要 山上碑・多胡碑と並び上野三古である金井沢碑からは、三家(みやけ)氏を名乗る一族の古代の家族関係(子供は父方の氏を名乗り、母親と共に母親方の家族と暮らす)・8世紀前半に定められた郷里制の実態が読み取れます。また、山上碑と共に仏教の広ま...
平安時代まで

多胡碑・多胡郡建郡の記念碑(上野三碑・国特別史跡):群馬県高崎市

概 要 710年(和銅3年)平城京遷都を行う直前、国家の基本法である大宝律令(701年・大宝元年)による政治の確立が図られます。 その律令制度強化のため当時全国的に地方行政機構の再編成が行われました。多胡碑(711年・和銅4年)は国郡里制施...
平安時代まで

不入の蔵骨器:群馬県前橋市

概 要 前橋市富士見町のはずれにある不入の凝灰岩製蔵骨器2基。元々は隣接する五輪平の開墾時に出土したものが、不入(ふにゅう)地区に移転されています。 骨蔵器は火葬骨を埋納するためのもので焼き物(土器・土師器・須恵器・陶器・磁器)が一般的です...
平安時代まで

山上碑・日本最古の完形碑(上野三碑・国特別史跡):群馬県高崎市

概 要 山上碑(やまのうえひ)は1300年以上前の681年に造立されました。平安時代以前の古碑は全国に18例残るに過ぎず、宇治橋断碑に次いで2番目の古さ、完形としては最古碑です。 放光寺の僧長利(ちょうり)が立てた母親黒売(くろめ)と自分の...
佐賀県

吉野ケ里遺跡の外土塁・内壕に関する仮説:佐賀県吉野ケ里町

概 要 約700年間続いた弥生時代のすべてに渡り吉野ケ里遺跡で生活が営まれていましたが、吉野ケ里遺跡は弥生時代後期後半(紀元3世紀頃)を復元整備対象時期としています。この時期は40haを超す国内最大規模の環壕集落へと発展し、周辺の集落を従え...
平安時代まで

山王廃寺跡(国史跡)・石造物と歴史:群馬県前橋市

概 要 1921年塔芯礎が発見され、山王廃寺跡と名付けられました。その後の発掘調査から古墳から仏教へ変わる時代の東日本最古級の本格的仏教寺院であり国分寺・国分尼寺より先に建てられた寺院である事、隣接の総社古墳群の主上毛野氏が作ったのではない...
大分県

中尾五輪塔2基(国重文・特別史跡:最古級平安時代造立):大分県臼杵市

概 要 インドや中国、朝鮮に類似の造形物は現存しないことから五輪塔は日本独自のものと考えられ、墓・供養塔として平安時代後期頃から造立されるようになりました。紀年銘のある石造五輪塔の最古は中尊寺釈尊院のもので1169年(仁安4年)、本稿の嘉応...
平安時代まで

隼人塚(国史跡):鹿児島県霧島市

従来の説:大和朝廷に反抗し殺された隼人の霊を供養するために建てられた。現在の説:造立年代的に隼人霊の供養塔ではなさそう。 霧島市隼人町内山田字山跡の標高15m程の平たん地にある隼人塚は南東を正面に3基の層塔を四天王が守護する形で立っています...