隠れキリシタンの墓:群馬県上野村

江戸時代

 上野村楢原の白井地区は今はひっそりとした山中に佇みますが、江戸時代は白井関所があり、信州佐久の米が1日10石ほども運ばれる往来がありました(近くの十石峠の名の由来です)。農地が極めて狭く人々は商売を生業として暮らしていました。米問屋の黒沢藤兵衛はその中心にいた人物です。
 その白井地区にキリシタンの墓らしきものがあります。川場村の隠れキリシタン墓のように文献的裏付けはないのですが、状況から隠れキリシタンの遺物だろうと思われる墓・石造物です。
 上野村の隠れキリシタン墓を中心に郷土史を研究する上野村文化財調査員今井興雄さんに出会い案内していただきました。

現在の白井集落

黒澤藤兵衛の墓
 「圓寂覺峯淨祐居士冥位」以外何も彫られていません。過去帳と照らし合わせて藤兵衛の墓とわかります。江戸時代の位号は居士・信士・禅定門・大徳くらいですが、冥位を加えるのは非常に特殊です。塔身に透かし十字が入って隠れキリシタン墓を推測させます。
 黒沢藤兵衛(穀屋藤兵衛)1723年(享保8年)没。黒沢家は白井関所の関守の番頭(ばんがしら)を代々勤める家系で、藤兵衛はその2代目番頭を勤め、隠居後は7軒あった米問屋(佐久からの米が1日十石=1500㎏運ばれて来た)の元締め的立場だった人物です。

 藤兵衛の墓のすぐ近くに立っている読誦供養塔。願主は黒沢淨祐覺峰(藤兵衛)です。1693年(元禄6年)造立。
 今井さんの資料(末尾)によると、右から縦に次の3行が彫られています。
  諸願成就
  奉眷読大乗妙法蓮華経壱千部
  円満諸縁吉利

吉利
本来太字の部分は「吉祥」になるはずですが、「吉利」になっています。

 藤兵衛の母親の石殿。十字が抜き彫りされています。寛永年間のものだそうです。
 石殿は亡失を免れて内部に一石五輪塔や仏像などが安置されている場合があります。カムフラージュされた聖母像などを期待したのですが、内部は空でした。

 諏訪神社跡に立つ2基の読誦供養塔。向かって左が1696年(元禄9年)、右が1707年(宝永4年)に黒澤藤右衛門が立てたものです。

 2基とも同じ文言が彫られています。

     大乗妙典壱千部 所願 黒澤

 奉眷讀           欽白

     如意満足諸縁吉利 覺峯淨祐居士

 今井さんは吉祥ではなく「吉利」の刻字から隠れキリシタンの石造物であると考え、欽白は辞書にない言葉で「欽=天子に関する物事に付けて敬意を表す語である」から天子=キリストであると考えています。

 白井集落の端にある正光寺跡にある黒沢藤兵衛の逆修供養塔。キリシタンを思わせる痕跡はありません。村人8人が黒澤藤兵衛の現世・来世の安泰を願って、1693年(元禄6年)に造立した供養塔です。

 6人の名前が彫られた墓碑。黒澤藤兵衛の墓碑のすぐ近くにあります。

   丹助    源助
   〇〇〇  すき
   てこ      セき

   ※ 濁点は書かないことが普通だったので、ここでは「すぎ・セぎ」と読んでおきます。
      「てこ」は「「てぎ」かも知れません。
・寺請制度があった当時戒名のない墓碑は通常はあり得ません。
・家族の戒名が並ぶのはよく見かけますが、6人の俗名が並ぶのは見たことがありません。
・中央の読み取れない○○〇は「はな江」「さな江」ではないかという人が居ます。

考 察
 隠れキリシタンは見つからなければ文献が残る可能性は高くありません。
 白井地区は往来は多かったけれど、山上に孤立した30戸程度で、集落にあった正光寺は当時無住でした。そして、8軒の人々が逆修供養塔を建てるほど尊敬を集めた黒沢藤兵衛ですから人々が口外する危険性は少なかったのでしょう。6名の連名墓は事件性があれば記録に残るでしょうが記録は見つかっていません。6人も同時に或いは短い期間に亡くなる(=処刑された)とは考えにくく、最後に亡くなった人の後に何らかの関係者が造立したと思われます。寺が気づかない、石工が拒否しない、集落の人が騒がないという偶然或いは何らかの約束事が無ければ、現在まで残らなかったかも知れません。このような事から今井さんは集落民全員が隠れキリシタンだった可能性すらあると考えています。
 ただし、隠れキリシタンを連想させるのは黒沢藤兵衛本人が建てたであろうと推測される本人の墓・母親の墓・読誦供養塔と、6名連名の墓碑だけですから、村のリーダーである黒沢藤兵衛家のみキリシタンで、村民はそれを黙認していたとも考えられそうです。 

 なお、隠れキリシタンの墓に興味のある人に人気の「永島恂二:関東平野の隠れキリシタン。さきたま出版会、1998年」には、上野村楢原白井のものは載っていません。永島さんが当地にお見えになる話はついていたそうですが、その前に病に伏されてしまったと今井興雄さんから伺いました。

参 考
・今井興雄:正光寺と白井の吉利切支丹。上野村教育委員会、平成22年。

関連記事
隠れキリシタン墓
・隠れキリシタンの墓(如法寺他):福島県郡山市・須賀川市
・隠れキリシタンの墓:群馬県川場村
・今富の隠れキリシタン墓:長崎県大村市
キリシタン墓
・砂原キリシタン墓:長崎県南島原市
・原城跡とキリシタン墓:長崎県南島原市
・有家町中須川のキリシタン墓:長崎県南島原市
・口之津町白浜のキリシタン墓:長崎県南島原市

コメント

  1. Calej より:

    良いです!ありがとうございました!