長谷寺(白岩観音)の宝塔3基:高崎市白岩

群馬県

概 略
 群馬県には天台密教(赤城神社)・真言密教(榛名神社)の影響を受け、赤城山南麓・榛名山南東麓から平野部(前橋・高崎・伊勢崎市など)にかけて多くの宝塔が造立され、その数は滋賀県に次いで全国で2番目です。
 白岩山長谷寺(ちょうこくじ)にある宝塔3基の形式はその後榛名山南東麓に広まっていったと考えられています。

長谷寺(白岩観音)
 榛名山南東麓に立つ白岩山長谷寺(ちょうこくじ)の歴史は古く、寺伝では文武天皇朱鳥年中(686年)開基となっていますが、不詳です。
 江戸時代までは修験道寺で、明治時代に天台宗に改宗、第2次大戦後金峰山修験本宗になりました。寺宝の木造十一面観音立像本尊・木造十一面観音立像前立像は平安時代後期(11~12世紀)に造られたと考えられていますから、平安時代以前の開山であることは間違いないでしょう。
 板東三十三観音の第十五番札所となっています。

長谷寺宝塔(市指定文化財)

 長谷寺境内には3基の宝塔があります。造立年代が分かっているもの2基(応永24年塔、天正10年塔)です。もう1基、山門裏塔の造立年代を推測します。

山門裏塔
 年銘は彫られていませんが、長国寺宝塔3基中最も古いと考えられています。塔身中央のへこみと変色は何か彫られていた痕か後世の傷か、また変色原因もはっきりしません。
 塔身が細長い壺型をしたのが特徴で、榛名山南東麓の高崎市に同系統の宝塔が見られます。

応永24年塔

 現在は基礎が取り換えられていますが、取り換え前の基礎には応永24年(1417年)銘がありました。また、風化して分かりにくいですが塔芯には何らかの文字が彫られていたようです。

天正10年塔

 基礎にはびっしり文字が彫られています。1580年(天正10年)に建てられました。

考 察
 塔身の上部がくびれた壺型の宝塔が榛名山麓から高崎市周辺にかけて多数存在しますが、知る限り菅谷大壱寺の宝塔(下掲)の左端、康永2年塔(1343年)が最古です。

 長谷寺の応永24年塔、天正10年塔の笠の四隅は康永2年塔(1343年、菅谷大壱寺)と同じく内側に傾いていますし、塔身に種字が刻まれています。

 一方山門裏塔は笠の四隅の角度が違います。また、種字が彫られているのか山門裏塔ははっきりしません。
 したがって、山門裏塔は康永2年塔(菅谷大壱寺)より古いかもしれません。1343年より古いならば、南北朝時代(1336~1392年)の初期か鎌倉時代の後期あたりの造立と思われます。
 一般に山門裏塔を祖型として応永24年塔、天正10年塔が造立され、同時に榛名山南東麓の宝塔群に広がっていったと言われている説を裏付けることになります。

参 考
① 綾さんのブログ:北関東の石造物㊼:長谷寺宝塔

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